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「部活問題」を考える

「部活問題」「ブラック部活」を中心に、現役高校教師Kが学校現場の問題点を考えていくブログです。

部活動指導を「適切」に行っている若手教員の例

前回は部活動指導(だけではないが)に追われて

授業どころではなくなっている先生の例を紹介した。

今回は「適切」に部活動指導を行いながら

教科指導力もしっかりと身につけている

若手の話。

 

私が現在の学校に赴任した時、

隣の席の新規採用3年目の先生が 

私が授業の準備を念入りにしているのを見て

「授業って何をそんなに準備する必要があるんですか?」

と聞いてきた。

 

正直驚かなかった。

1に部活、2に部活、3・4も部活で5に事務仕事

という学校ばかりを経験してきたから。

学校現場の多くは「部活動命」である。

 

彼女も新規採用されて以来、

一通りの初任者研修は受けたものの

日々の事務仕事で手一杯。

さらに部活動の指導につきっきりになり(させられ)、

他のベテランも事務仕事と連日の無駄な会議で多忙ゆえ

新人を指導することなくほったらかしていたため

授業の工夫をする、という発想を持つことなく2年を過ごしていた。

 

だが、彼女は悪くない。

 学習指導に加えて部活動指導という

二つの専門的な仕事を無理強いすれば

どちらかが疎かになるものだ。

この学校も「文武両道」をモットーに

「部活動活性化」を目指しているためそれに忠実に従っていたにすぎない。

土日もずっと部活動につきっきりの「熱心な」先生だ。

学校としての優先順位が「部活動ファースト」

なのだから彼女のような先生が多くなるのは当たり前だ。

 

彼女は、最初は私が作った教材などをもらうだけだったのだが、

教材を工夫すると授業がうまくいくことに感動したようで、

そのうち「自分も教材作りができるようになりたい」と言って

積極的に手伝ってくれるようになった。

きちんと準備すれば生徒が寝たりせず、

生徒も先生も楽しく学習が進むことに気づいたのだろう。

 

彼女には、

部活動と一定の距離感を持ち

生み出した時間を使って授業の工夫をするようアドバイスした。

最初はうまくタイムマネジメントできなかったようだが、

次第に、土日のいずれかはオフにしたり、

週の中日に休養日を設けるようになった。

部活動に時間と労力を取られて、

遅れがちだった仕事もかなり早くなった。

 

休日にある自主的な研修にも参加したりして

スキルアップを図ることにもチャレンジしだした。

 

勤務時間外の労働が完全になくなったわけではないが

学級経営、授業、部活動の指導を良いバランスで行っている。

1年で教材作りの大半を任せられるようになり、

次のステップへ進み始めた。

授業のレベルも上がって、生徒の成績が向上しつつある。

 

最初は「もっと部活したい」と

不満を持った部員もいたようだ。

しかし、今年から部員が増え地区大会を勝ち上がって 

県大会へ出場するなどチームの目標は達成しつつある。

 

限られた時間で練習に取り組むため

チームの規律も高いレベルで守られている。

学習時間を確保しているから部員は皆成績も良い。

部員で授業中に寝る者は一人もいない。

 

学校全体は相変わらず「部活動最優先主義」だが

その雰囲気下にあっても個人レベルで頑張っている。

 

部活動を「本来あるべき姿」に戻し

適切な距離感での指導を行えば

このように教師と生徒は変わるのか、と驚いた。

 

悩んでいらっしゃる先生も多いことと思う。

現状変更にはかなりの労力を必要とするだろうが、

休養日の設定や練習時間の削減など

自分が顧問であることを最大限利用して

イニシアチブをとっていくことで

取り組める改善策もある。

 

諦める前に一歩踏み出しましょう。

一気に変わることはなくても

少しずつなら現状変更できることがあるはず。

同僚に負けない、質の高い仕事をしながら

 自分の人生を少しずつ取り戻していきましょう。

部活動への熱狂が引き起こす「授業レベルの低下」

私が勤務する高校も昨日から夏休みに入った。

学期末は忙しかったが他の先生(同じ教科内外を問わず)

の授業を見に行った。

 

まあ、呆れるくらい

どの先生も生徒を「寝させている」

教科を教えるプロでありながらあれだけ生徒を「寝させて」

平気な神経が私には分からない。

何人かの生徒は1時間目から6時間目まで

ほぼ全ての授業で寝ている。

 

しかし、無理もないのだ。

本校の生徒の大多数は連日30度を超える猛暑の中

毎日朝練1時間、放課後の練習2〜3時間、

土日は4時間〜1日練習しているのだ。

 

いくら若いとはいえ、

休みなく部活動に取り組めば

疲れが取れるはずもない。

 

Jリーグの選手でも

1日3〜4時間しか競技の練習はしないという。

 

それ以上やれば「体が壊れる」だろう。

それをまだ体が発達途上の中高生が

日が暮れるのが遅い夏場は

「朝練+放課後練」で

1日3〜4時間スポーツをしている。

常軌を逸したスポーツ熱だと思う。

 

寝させている教師の方も問題だ。

校務や事務処理、各種会議に時間がかかる上に

部活動の指導で長時間拘束される。

 

教材研究(授業の準備)

をする時間がないのだ。

皆、教科書を噛み砕いて説明するだけだ。

50分間解説をするだけである。

若手は特に重たい部活動を押し付けられがちだから

授業の工夫、授業研究などに取り組む余裕がない。

 

そんな若手の授業の観察をしたが、

いずれも見ているだけで苦痛になるような授業ばかり

であった。

本校は最近流行りの

「アクティブラーニング」の研究指定を

受けている「文武両道の進学校」なのだが

各教科の授業の中身はお寒い限りだ。

 

偉そうに言っているが、

私の授業では生徒は寝ない。

寝させない工夫をしている。

そのために授業研究を欠かさない。

土日の研修会にも自費で参加するなど指導力の向上に努めている。

生徒の学力が向上し、学習が好きだと言ってくれることに

充実感を感じている。

ありがたいことに

最近は他県から実践発表のために

呼ばれることも増えてきた。

 

研修会などに若手も誘うのだが

大抵断られる。

「部活動があるので・・・」

が主な理由だ。

(嘘か本当かは置いといて・・・)

 

実は私も部活動は担当している。

誰も顧問をやりたがらない教科系部活動に自ら顧問となった。

文化部だが、決して指導の手は抜いていない。

その証拠に今年広島で行われる

総合文化祭に部員が出場する。

 

総文祭に出場できるレベルを目指した指導を行いながら

適切に休みも設定している。

学習に取り組む時間をきちんと与えてあるから

部員たちは各教科でも成績優秀である。

私自身も主な業務である

教科指導にもきちんと時間を割くことができるよう

練習計画と指導計画を立てているから

私の負担感も少ない。

 

だが、私のような先生は少数派である。

本校では

大多数の顧問と部員が

「部活動(スポーツ)最優先主義」

である。

 

あえて皮肉な言い方をすれば

かなりの数の生徒が

「授業中に部活のための体力を蓄えて」

かなりの数の先生が

「部活動の合間に授業もやる」

という現状である。

 

だからアクティブラーニングとは程遠い

レベルの低い授業が延々と展開されているのだ。

 

「文武両道」と言いながら

実際は「武の道一本」のみである。

 

 部活動そのものが悪いとは思わない。

しかし、部活動への過度な依存が

生徒にも教師にも「悪影響」を及ぼしてしまっている現状があるのは

まぎれもない事実である。

 

部活動は本当に「安価に参加出来る」ものなのか?

ブログを見てくださっている知り合いの先生から

部活動は参加費がかからないから

 貧しい家庭の生徒も参加しやすくて

 学校生活を充実させることができるのでは?」

という意見をいただいた。

 

冷静な意見で確かにそれは一理ある。

部活動は比較的安く運動に打ち込めて

身体を鍛えることができる。

 

もし部活動を民間に開放したら跳ね上がる費用を

負担できずに部活動をできない生徒が増えるだろう。

それが問題だという意見だ。

 

しかし現行の部活動はすでに

「貧しい家庭の生徒は参加できない」

システムになっている。

道具代、遠征費はもちろん

最近はどの種目の連盟も「選手登録費用」なるものまで

徴収し始めている。

 

選手登録費用の他に

「団体登録料」も必要だ。

「監督登録料」も徴収する。

学校によってそれらの資金の出処は異なるが、

部活動を続けるために

選手も監督も金銭的負担を強いられていることにはかわりない。

 

それらの費用負担ができる

家庭の子供のみが

部活動に参加できるのだ。

 

私の知る限り、

経済的困窮家庭の生徒で

「部活をするお金がない」

と言って部活をしない者は多い。

家計を助けるために土日にアルバイトをしている生徒もいる。

部活をしたくてもできない生徒もいるのだ。

 

部活動は比較的安価だが、

すべての生徒の参加を保証できているわけではない。

 

部活に救われる生徒が多数いるのは事実だ。

しかし、部活で救えない生徒がいるのも事実だ。

 

部活に参加できない生徒が肩身の狭い思いを

している現実があるのだ。

 

「文武両道!」「目標部活動加入率100%!」

と学校が言えば言うほど辛い思いをしている生徒がいる。

あくまで自主的な活動であるはずの部活動を

必要以上に「奨励」するからだ。

それに従えない自分の境遇を恨めしく思っている

生徒もいるのだ。

 

部活動が多くの生徒の心のよりどころになっていることは間違いない。

しかし全員の生徒を救えているわけではないことも事実だ。

 

部活動が全ての生徒を幸せにしてできるわけではない。

「部活動はとにかく素晴らしい」という思い込みを捨て、

部活動のあり方を冷静に検討し直すべきである。

部活動の問題点 その4 「スポーツ産業の発達を阻害」

「(子供が)土日家でゴロゴロするくらいなら

 部活でもしてくれた方がいい」とおっしゃる保護者は多い。

私も同意する。確かにその通りだ。

 

しかし、ここにも落とし穴がある。

保護者の立場としては部活動はありがたい。

何しろ

土日もタダで先生が子供の面倒を見てくれるからだ。

 

他人がタダで子供を預かってくれるなんて

こんなありがたいことはない。

私の近所のピアノ教室は週一回1時間のレッスンで一月6000円の月謝だ。

 

公立の保育園に我が子を通わせた時は一月3万6千円であった。

1日あたり1500円である。この計算で土日1日子供を預けると

一月12000円はかかる。

 

他人に子供の面倒を見てもらう(指導もしてもらう)のには人件費がかかるのが世間の常識である。

しかし、教員は実質的に部活動指導に対しては

(ほぼ)タダ働きである。

 

だから部活動は(保護者にとっても)最高である。

「先生に人件費を払う必要はない」のだから。

そりゃあ保護者も「部活をしなさい」と子供に言いたくなるはずである。

日本全国の学校で「部活動推進」が行われる原因の一つだろう。

人件費がかかる、となれば大抵の学校と自治体が慎重になるはずだ。

部活動は人件費がタダみたいなものだから、

学校に特色を出そうとして

何の気兼ねもなく「部活動活性化!」を言い出す。

どの学校も「部活!部活!」と言っているので

逆に特色がなくなってきているのは皮肉だ。

 

しかしタダより怖いものはない。

部活動を教員が「タダ」で運営することには

多くの人が気付いていないデメリットがある。

 

部活動がタダだから「スポーツ指導を受けるのは無料が基準」という社会の雰囲気が形成され、「スポーツ指導にお金を払う」という意識が希薄な社会になってしまっている。

スポーツを指導してもらう、ことに対してお金を払うという感覚がないのでスポーツに関わる業界が成長しない。

 

スポーツで食っていくことができない社会になり、

体育を学んだ人の多くが体育教師になる以外の道がない。

体育教師になれたらまだマシではあるが・・・。

 

その競技へ専門的に取り組み、

全国レベルの競技力を身につけた選手であっても

学校の先生にならない限り「指導者」として活躍できる人は限られている。

 

長年にわたり身につけたスキルを後世へ伝えていく

場所と機会がないのは当人にとっても、社会にとっても損失だと思うのだが・・・。

 

学校がタダでスポーツを指導・運営するから、

一部の特殊な例を除き、スポーツ競技を専門的に指導・運営する会社が育たない。

「スポーツで生計を立てる」ことが不可能な社会になる。

そのようにして部活動が民業を圧迫しているという視点もある。

 

せいぜい大手スポーツ用品店が部活生対象にグッズで儲けているくらいだろう。

少子化で今後はより厳しさが増すだろうが。

 一見華やかに見えるスポーツジムなども

インストラクターは派遣契約だったりして内情は厳しいようだ。

保護者にきちんと経済的負担をしてもらう前提で、

学校の部活動を民間に開放すればかなり大きな市場となり、

経済効果も大きいはずだが、生徒指導の観点で「市場開放」は難しいだろう。

 

部活動命&勉強はやってない、で育ってきた若者たちの多くは

長時間を費やして得た運動スキルで将来を切り開くことはできない。

せいぜい、趣味に生かすか職場のレクリエーションでヒーローになるくらいだろう。

何らかの形で部活動を「大々的に」民間に委託できれば

指導者だけでなく、選手の練習相手として

多くの競技経験者が必要とされて活躍の場が生まれるはずだ。

 

他人のタダ働きに大きく依存したシステムは

許されない。

何しろ部活動は民業を圧迫している可能性もある。

と、教員が声をあげても文科省は動かない。

 

数万人の先生たちが

「部顧問をする・しないの選択肢をください」

と署名しても

「複数顧問で負担を軽減してみましょう」

なんて答えが返ってきただけだ。

 

複数顧問制なんて何年も前から行われているし、

部活数を減らさない限り、逆に負担が増えるだけだ。

「選択肢をくれ」と要望しているのに

「数人でやればいいじゃん」という答えは

そもそも答えになっていない!

 

部活動は超巨大市場である。

人口減少社会における、残された数少ない市場だ。

ぜひとも、どこかのスポーツ関連企業が、

部活動の「市場開放」を働きかけてほしいものである。

 

 

「部活動活性化!」「文武両道!」と叫ぶ学校の実態

最近の学校は、以前に比べてやけに部活動を推奨する。

「全員加入」

「部活動加入率○○%目標」

「文武両道を目標に〜(以下略)」

 

生徒の自主的な活動である(はず)の部活動を

自治体あげて「全員加入」と言っているところもある。

 

「自主的な活動」への参加を強制するなんて

かなり違和感を感じるのだが、

部活動大好きな人(大人)たちは

「部活動はこんなにいいからやるべきだ!」と

子供達に「強制」かつ「強要」している。

 

それは教員に「強制的に」部顧問に任命し、

ボランティアであるはずの部活指導を

勤務時間外に強いている現状に似ている。

 

教員に無理強いしているのだから、

生徒にも無理強いするのだ。

 

そして生徒に「部活やれ!」と言う以上

教員が付き添わないわけにはいかない。

このようにして多くの生徒とほぼ全ての教員が

「部活動」に駆り出されることになる。

 

よく家に宗教の勧誘に来られる方たちがいらっしゃるが

部活動の強制はそのような宗教勧誘と似ている。

「これ(部活or宗教)はいいことなのだから皆さんやるべきですよ!」と

本人たちが信じ込んでいる。

いわば「善意の押し売り」なのだ。

あくまで善意だから、本人たちはそれによって迷惑をこうむっている人がいることに気づかない。

 

今まで勤務してきた学校は全て

「部活動活性化」「文武両道」をモットーとする学校であった。

そういう学校を選んで勤務したわけでなく、

地域・校種を問わずほぼ全ての学校が

「部活動」を目玉の一つにしているのだ。

だからどの学校に赴任しても

何は無くとも「部活」の連呼である。

 

しかし少なくとも公立校の場合、

この「部活動活性化」というモットーは

実質的に何の意味もないし

何かの特典をもたらすわけではない。

 

4月最初の職員会議で校長が

「部活動を盛んにしていきましょう」と宣言し、

学校パンフレットに「文武両道」の文字が載るだけだ。

 

特別に予算が増額されるわけでもなく、

優秀な指導者が集められるわけでもない。

 

公立学校だから元々予算は少ない。

以前書いた通り、人事異動で「部活動の顧問歴」が

考慮されることも少ない。せいぜい野球くらいのものだ。

 

当たり前である。

「学習時間終了後の自主的な活動」なのだから。

そんなところに予算と人材を集中的に投下するなんて

公立機関で行うことが許されるはずがない。

 

一般企業で「宣伝に力を入れよう」となれば

そのための予算を配置し、人材を配置するであろう。

そうでないとその部署の活性化は望めない。

経営戦略とは「カネとヒトをどう配置するか」が重要な要素の一つだ。

もう一つ付け加えるなら「どこを削るか」も大事だ。

 

しかし公立学校における

「部活動活性化」という戦略において

「ヒトとカネ」が動くことは

ほとんどない。

 

私が見てきた限り、「部活動大好き」校長は

「特別な予算は持ってこない。指導者も呼んでこない」状態のままで

「部活動の一層の活性化を目指しましょう」と言っていた。

 

もちろん全教員は現状に応じて最善の努力はしないといけないが、

それにしても予算も人材もなしで「部活動を活性化せよ」とは

あまりに無責任ではないか?

 

「何も後押しはしないけど、

 教員も生徒もとにかく部活やれ。」

言っているに等しい。

 

・指導に当たるのに必要な経費はすべて各顧問の自腹

・勤務時間外に指導する教員への時間的・金銭的補填は全くない

 

そんな状態で教員は部顧問をやっているのに

一層力を入れよ、と命じているのだ。

 

私の祖父は太平戦争時に南方戦線にいた時のことをよく語ってくれた、

何しろ敵と戦えと言われても、

 食料はもちろん、弾も送られてこない。

 逃げるか降参する以外にできることはなかったわな。

 自決しようにも弾も手榴弾も無いんだから。」

 

「文武両道」を叫ぶ学校の多くが、

大戦末期の旧日本軍のような戦略なのだ。

 

「物資も無い。人もいない。

 お前たちの忍耐と精神力で

 なんとかしろ。」

ということなのだ。

 

「部活動に力を入れている学校」の多くがこのような実態だ。

 

言いかえよう。

公立学校では「部活動活性化」を看板に掲げても

特に予算とヒトを獲得してくる必要はない。

そもそも獲得できないことが多い。

教員はほぼ全て「それが当たり前」だと思っているから文句も言わない。

だから学校(と教育行政)は

「部活動活性化」を乱発する。

だって「言うだけならタダ」だからだ。

 

しかも「特別な手立てや対策」もほとんど要らない。

部下の教諭が時間外も休日も指導をしてくれるから。

 

「部活動活性化」と叫ぶだけで

部活動が盛んになり、

学校に活気が出ると信じ込んでいる。

魔法の呪文を唱えているようなものなのだ。

 

これが「文武両道がモットー(公立校)」の実態だ。

 

一般社会の話で例えてみよう。

「この車は燃費がいいのが売りです。」

となれば、その車には研究予算が投じられ

何らかの燃費向上対策が施されているはずだ。

そうでなければ「燃費がいい」と言える根拠にならない。

それを信じてユーザーは車を買うだろう。

燃費がいいことを期待して車を買うだろう。

「燃費がいい」と宣伝しながら

「予算も投じられていない」

「燃費対策の研究者も割り当てられていない」

となればどうだろう?ユーザーは何と思うだろう?

ありふれた言葉で言えば

これを「嘘」というのだ。

 

以前勤務していた学校で管理職が

「幾つかの部を"強化指定部"に認定したい」と言い出した。

聞いていた職員みんなが驚いた。

「強化指定して補助する金なんてあるのか?まるで私立高校みたいだ。」

とみんな疑問に思ったのだ。

 

しかし内容はなんてこと無かった。

「特別なことは何もない。お金も関係ない。

 熱心に指導する顧問がいて、比較的熱心に取り組んでいる部を

 ”強化指定”することで部活動が盛んなイメージを打ち出したい。」

という理由であった。「強化指定」と言うだけならタダだ。

どうやら他の公立校が始めたらしく、それを真似たいとのことだった。

 

普通なら「強化指定」を受けていると聞けば

金銭、人材、環境的に優遇されているイメージを持つだろう。

そのイメージを生徒募集につなげようと言うのだ。

イメージ戦略は大事だが、中学生に対して

「ほとんど何もしていないのに、

 何かしているように誤解させる」

 と言う戦略は果たして道義的にどうなのか?

 

もし中学3年生のお子さんがいらっしゃる方が

このブログを見てくださっていたらご注意いただきたい。

「部活動が盛んなイメージ(特に公立校)」に騙されてはいけない。

「文武両道」とか「部活動活性化」の文字を見たら要注意だ。

「特別な予算的、人材的措置がなされているのか?」と

学校説明会などで是非質問していただきたい。

歯切れの悪い回答だったり

「練習時間に配慮した時間設定をしている」程度の回答だったら

その学校も「言うだけならタダだから言っている」に過ぎない。

リップサービスで「部活動」を持ち上げているだけだ。

 

優秀な指導者がいても安心してはいけない。

公立校には転勤がある。

お子さんの卒業までその指導者が在籍予定かどうかを

必ず確認して入学を決めていただきたい。

 

そしてどうか、部活動で学校を決めるのではなく、

学科の教育内容や学力を伸ばせる学校かどうか

で高校を選んでいただきたい。

ごく一部のトップアスリートを除き、

部活動に人生の選択を預けるのは得策ではない。

部活動は高校3年の1学期までで終わってしまう。

それから先の人生の方がはるかに長く重要である。

どんなに部活動が大好きでも、冷静に長い目で

人生を見据えてほしい。

部活動を取り上げても「何かが残る」人材にできる学校が

本当の「文武両道」の学校である。

部活動の問題点その3「生徒の意識の変化(劣化)〜優先順位の逆転〜」

 

部活動とは元々

「生徒の自主的な活動に教師が付き合う」という建前になっているが、

ほとんどは教師が半強制で「付き合わされている」

 

多くの学校で「文武両道」が叫ばれ、部活動は教育活動の大きな柱になっている。

部活動が盛んな学校はイイ学校、というイメージの元、全国各地で部活動は奨励され、盛んに行なわれている。

実質的に「部活動で学校が成り立っている」

という学校も多い。

部活動だからこそ生徒を躾けられるという面があるのも事実である。

 

「部活動があるから学校に来ている」という生徒も多い。

すべての生徒が学習に前向きになれるわけではないから

部活動が学校生活を送る動機付けになることは

部活動の大きなメリットの一つである。

 

しかし日本中で加速し続ける

「部活動熱」のせいで

生徒が"勘違いをせざるをえない"状況

になっている。

 

「高校生活で頑張りたいことは部活動です。」

「サッカーをしに来ました。」

 

上の言葉はいずれも私が今まで入試面接で聞いた受験生の「志望動機の例」だ。

「部活動が盛ん!」と学校の宣伝をしていたのは良いのだが、そればかりが行き過ぎて

「部活動をするため高校に入学する」という意識を受験生に持たせてしまっていた。

「学習を頑張りたい」なんて嘘でも言う受験生はほとんどいなかった。

 

「勉強は苦手だから部活動で活躍したい」

そのような気持ちはよく分かるのだが

学習をおろそかにすると高校を出るときに

就職先が無くて困るのは本人だ。

 

学習が苦手でもいいが、部活動とバランスよく取り組まなきゃいけない。

だからこそ「文武両道」をモットーにしている学校が多いのだが、

生徒も教師も「部活動だけ」

になっている例は多い。

部活動に力を入れれば、学習指導がおろそかになるのは前に述べた通りだ。

 

さらに「部活動が盛んな学校です」こんな宣伝文句が 

「この高校は部活動だけすればいいんだ」という勘違いを生徒にさせる。

そしてその勘違いが

「この高校は部活動を頑張ることで進路先も決まる」という誤解を生む。

完全に間違いとは言わないが、冷静に考えて

部活動だけで進路を決めることはかなり難しい。 

 

そのため・・・

「高校卒業後は陸上(競技)関係の仕事に就きたいです。」

と述べた生徒もいた。

一緒に面接していたインターハイ監督の陸上部顧問が、面接後に

陸上競技関係の仕事なんてないけどなあ」

と首をかしげていたのが印象に残っている。

陸上競技を愛しているのはよく分かるが、

中学校も(高校も)部活ばかりに熱中させてきて、

社会のことを十分に学ぶ必要性を本人に感じさせないから

「スポーツで一生暮らしていけるはずだ」

と簡単に生徒は思い込む。

 

プロ野球選手になりたいです」と言っていた生徒もいた。

気持ちはよく分かるし、若者の夢を馬鹿にするつもりもない。

しかし、リトルリーグから何年も野球をしてきていれば

どの高校に入ればプロに近づけるか、くらいのことは分かりそうなものだ。

強豪校から声もかからず、部員が10人ほどしかおらず、

県大会1回戦を突破したこともない高校に入学して

「プロになりたい」と言っていたこの生徒は

「部活動がメインの高校だから勉強しなくても入学できる」と思い込んでいたらしく

全く勉強しないで高校受験した、と入学後言っていた。

(確かに、それでも入学できる学校だったのだが)

彼は高校1年が終わる時でも四則計算も出来ず、

アルファベットも満足に読み書きできなかった。

何しろ勉強しないのだ。1時間目から6時間目まで毎日寝ていた。

このような生徒は沢山いる。特殊な例ではない。

 

「部活動だけでも真面目に取り組む分だけまだマシではないか」

という意見もあろう。私もそれは否定しない。

しかし「部活動だけ」という生徒もそのうち進路を決定しないといけない。

集団就職列車の時代ならともかく、

21世紀の現代にマニュアルすらまともに読めない生徒が

まともな職を得るのは大変難しい。

 

「部活をやっていれば間違いない」

「部活動はとにかく素晴らしい」

「部活動が盛んな学校は良い学校」

といった大人たちの認識

と中途半端な宣伝が

「部活動だけやっていれば良い」という

価値観を子どもたちに

与えてはいないだろうか。

 

学習成績が良い悪いの問題ではなく、

学校は多様な価値観を学び取り

社会を広く学び、人生の選択肢を広げる機会を与えないといけない。

しかし「一筋に頑張る」という日本人の美徳が変に発揮され

「部活しか見えない・見ていない」

「部活のみ頑張る」という風潮が

生徒の可能性を狭めてはいないか。

 

学校関係者でない方は信じられないかもしれないが

インターハイを目指すためにこの高校に来たのに

 なんで勉強しろと言われなきゃいけないのか」

と教師に食ってかかる生徒&親もいるのだ。

 

生徒だけではない。以前ブログにも書いたが

「部活動をやらせるために入学させたんだ!」

と親に怒鳴られたこともある。

 

部活動の実績で推薦入試を受けた生徒が

成績不振による指導で県大会に出場できなかった時に、

「勉強できないのは入学時に分かっていただろ! 

 なんで今更、勉強ができないせいで大会に出さないんだ!」

とクレームが来たこともある。

 

多くの学校は部活動を実質的に学校経営の最優先事項にしてしまっている。

 

「放課後の練習時間確保を優先して行事を計画する」

「活躍している部顧問には担任を依頼しない暗黙の了解」

「分掌を決める前に部顧問を決める」

 

このような「必要以上に部活動に配慮して学校経営する」姿勢を

多くの学校で見てきた。そして多くの教員がそれを疑問に思っていない。

 

行き過ぎた「部活動」重視の姿勢が、

学校が生徒・保護者に勘違いさせてはいないか。

 

特に学習が苦手な生徒が多かったり、

生徒指導上の問題が起きやすい学校ほど

部活活性化を目指しがちだ。

生徒のしつけがしやすいからだ。

 

そして生徒は学習が苦手だからなお「部活動」に逃げ込むし、

「部活動」を楯にして学習から逃げてしまう。

 部活動をあくまで「放課後の生徒の自主的な活動」にとどめておけば

こんなことにはならないのではないか。

 

本の学校は生徒はもちろん、先生も保護者も

「部活大好き」な人が多い。

部活に「神聖な精神性」を感じている人が多い

と言ってもいいだろう。

私自身がそうだった。

 

部活動ばかりに取り組んでいたあの頃は、

競技へ盲信的に取り組ませた部員たちの人生の可能性を

広げるという発想はなかった。

部活動だけさせていれば良いと思っていた。

 

同時に自分の教科指導力を向上させようという発想もなかった。

部活動で結果を出すことが自分の仕事だと思っていた。

 

部活動の功罪を冷静に見つめてみることが必要ではないか。

ごく一部の、高いレベルで「文武両道」を実践している学校の例だけを見て

「見ろ!こんな高校生(中学生)がいるではないか!部活の教育的効果は最高だ!」と

言うのではなく、全国隅々の高校の実態を「冷静に」

見つめ直す機会が必要だと思う。

部活動の問題点その2「教師の教育観の変化(劣化)」

 前回は、時間の観点から授業のレベルが向上しない問題点を指摘した。

 今回は「教師の教育観」に問題点が生じる可能性を指摘したい。

 

 学習指導は結果が出るのに時間が掛かる。

 今日たくさん問題を解いたからといって

 成績はそうすぐには上がらない。

 受験という勝負は3年間に1度しかなく、

 目標としては遠すぎるしやり直しも効かない。

 

 それに対して部活動(特にスポーツ)は

 年に数回公式大会があり練習の成果が分かりやすい。

 

 模試で何点取ったら勝ち、負けなんて基準は設けにくいが

 スポーツは試合に勝つ、負けるという明確な評価基準がある。

 学習よりは上達を早く実感できることが多い。

 

 私が部活動指導に熱中していた時は、

 この比較的早く得られる練習の成果に手応え・やりがいを感じていた。

 

 また、部活動の人間関係(教師対生徒、生徒対生徒)は

 どうしても「体育会系のノリ」になりやすく、

 教師としては生徒の指導がしやすい。

 簡単に言うと「生徒が指導を受け入れてくれやすい」のだ。

 

 自分の好きなスポーツを指導してくれ

 選手の起用、練習計画などを立ててくれる

 部顧問は部員にとっては絶対的存在である。

 

 規律保持やチームへの貢献が部の維持には絶対的に必要なので

 その中心的存在である部顧問は部員に(ある意味)服従的な態度を

 求めがちであるし、生徒もそれを受け入れやすい。

 

 教室では反抗的な生徒も、部活動では(表面的であっても)

 部顧問に従順な態度をとる。

 部顧問に逆らって良いことはあまりない。

 試合に起用してもらえなくなるし、

 部から追い出されたら好きなスポーツをできなくなる。

 

 そして毎日数時間、部顧問と部員が向き合えば

 密接な心のつながりが構築される。

 

 部活動指導には教科指導に

 負けるとも劣らないやりがいが存在する。

 そして、教科指導だけでは構築できない生徒との人間関係を

 作り上げることができる。

 

 そこに教師の教育観の変化(劣化)が生まれてきやすいと私は思う。

 

 

 まず一つ目は「自分は部活動を指導するために教師になった」というものだ。

 教師になって以来数え切れない数の先輩たちがこの言葉を口にするのを聞いてきた。

 その動機が悪いとはまでは言わないが、部活動は午後4時・5時以降の活動である。

 

 生徒たちは概ね9時から4時くらいまで正規のカリキュラムを学習する。

 我々はその正規のカリキュラムに対して教員免許を発行されているのではないのか?

 部活動はあくまでそのあとの「自主的な活動」であるはずだ。

 

 「部活動指導一筋でやってきた」と自慢(謙遜?)する先生はとても多いし、「立派な人だなあ」とも思うが、例えば一般企業の会社員が「私は5時以降の社内スポーツクラブのために社に勤めてきた」と言うことは立派なことと評価されるのか?

 

 このような「部活動命」の先生には

 「うちの生徒に勉強させてもタカが知れている。それよりも部活動を一生懸命させた方がよほどいい。」

 と思い込んでいる部顧問もいる。

 これも「教育観の変化(劣化)」の一つだと思う。

 恥ずかしながら昔の私もそうだった。

 

 部活動で接する生徒は数十人に対して

 授業で接する生徒は200人くらいはいた。

 部活動よりもはるかに多数の生徒に対して

 そのようなメンタリティと準備で

 授業を行ってしまった当時の生徒には

 本当に申し訳ない気持ちでいっぱいである。

 

 教師が「5時から男(女)」になってしまえば

 教育のレベルが落ちるのは当然である。

 そのような学校では、何しろ同僚間の話題が「部活」しかない。

 どうやって学力を上げる、とか

 どうやって授業をうまくやる、といった話題はほとんど出てこない。

 誰も「そんなこと」には興味を持っていないのだ。

 定期テストも前日に慌てて仕上げる、といった体たらくである。

 もちろんその質は低い。しつこいが、私自身がそうだった。

 授業がうまくいかないことは気にはなっていたが、

 その分部活動が充実していたので気持ちのバランスが取れていたのだ。

 

 言い訳になるが、自分が自由に使える時間のかなりを部活動に取られているのだ。

 人生のかなりの時間を費やしたものを大事に思えてしまうのは当然のことである。

 学習指導よりも部活動指導の方が大事だと思い、疑っていなかった。

 

 

 部活動のもたらすメリットが大きいが故に

 肝心の「学習指導」がおろそかになっている

 先生や学校は多いのではないか。

 私の知る限りは「そんな先生と学校ばっかり」である。