「部活問題」を考える

「部活問題」「ブラック部活」を中心に、現役高校教師Kが学校現場の問題点を考えていくブログです。

「部活動推進」が部活動に参加しない(できない)生徒への偏見を助長する例

私の前任校はいわゆる「困難校」だった。

一桁の四則計算ができない生徒や

アルファベットを全て書くことができない生徒が多数いた。

 

もちろん学習面で高い実績を出す生徒もいるにはいたが

学校全体として学習・学力で目立つことができないため

「部活動」が学校の最大目標

となってしまっていた。

 

困難校では生徒管理上の利点もあるため

どうしても「部活動」で生徒を学校に引き寄せ

がちになる。

 

そのため「部活動加入率100%」が学校経営目標となっていた。

(部活動って生徒の「自主的な活動」となっていたはずだが・・)

その学校での出来事を紹介する。

 

インターハイ地区予選が5〜6月に集中して行われるので

その前に毎年恒例の「壮行会」が開かれていた。

 

地区予選に出場する部活動生全員が体育館の前の方、

出場しない(つまり文化部、帰宅部)の生徒が体育館後方に

位置して、それぞれの部が部員全員起立し部の主将が

決意表明をする、それを出場しない生徒が拍手で激励する、

という行事である。

 

体育館前方(部活動生)が全生徒の3分の2ほど、

体育館後方(帰宅部・文化部)が3分の1ほど、

という人数比率であった。

 

全ての部の主将が挨拶を終えたのちに、

学校長が激励の言葉を述べたのだが

その言葉が衝撃的であった。

 

「〜(略)ということで、皆さん怪我のないよう頑張ってください。

 ところで、一つ残念なことがあります。

 それは体育館後方に座っている皆さんのことです。

 皆さんにもこの前の方に立ってもらいたい。つまり、

 部活動に参加して、意義ある高校生活を過ごしてもらいたい。」

 

あまりに想像力のない言葉に衝撃を受けた。

後方に座っている生徒の中には

2年連続で全国高校総合文化祭に出場している私の部員や

毎月地域でボランティア演奏をする吹奏楽部など

多数の文化部員がいた。

幼い頃から日本舞踊に打ち込んでいて、

次世代の担い手として期待されている生徒もいた。

学校の部活動にはない種目のスポーツに取組んでいる生徒もいた。

 

さらには部活動をしたいけど、

家計を助けるためにアルバイトをしている

生徒も複数いた。

 

そのような生徒もいるのに

「部活動に参加して、意義ある高校生活を過ごしてもらいたい。」

とは教育者にあるまじき想像力の無さで、

部活動に所属できない生徒にとって、あまりに残酷である。

運動部しか部活動とは見なさない、

運動部に所属していない生徒はダラけた高校生活を送っていると見なす、

と学校長が宣告したにも等しい。

 

部活動に参加していない生徒も

 一人当たり7000円も生徒会費を負担し

各部の消耗品や、旅費と宿泊費補助を負担しているのだ。

 

「部活動はとにかく素晴らしい」

「汗を流して運動に取り組むのが若者らしさだ」

と信じて疑わないから、配慮に欠けるこのような発言が

できるのだろう。

 

この校長は極端な例なのかもしれないが、

こんな考えの教員(校長)が日本にいる、

ということは紛れもない事実である。

 

本の学校の多くで

部活動(特に運動部)が学習以上に推奨されている。

 

「個に応じた指導」と言われて久しいが、

「猫も杓子も部活動をすべし」という雰囲気が

当たり前になっているのが今の学校現場だ。

 

果たしてあなたの学校は

「学習をする場所」だろうか?

それとも

「部活動(だけ)をする場所」だろうか?

 

部活動に参加しない(できない)生徒からも「収奪」される「生徒会費」の問題点

*日本全国、全ての学校に当てはまる事例ではないことをご理解いただきお読みください*

 

私が勤務してきた学校では全て、

生徒からの徴収金の費目の一つに

「生徒会費」というものがある。

 

文字通り生徒会を運営していくためのものである。

文化祭や体育祭など生徒会主催の行事ごとの予算に充てる。

 

私の勤務校では一年間で一人当たり7000円を徴収する。

生徒数900人なので、総予算630万円だ。かなりの金額である。

文化祭や体育祭などを行うのに数百万円ものお金をかけるのだろうか?

もちろん違う。

 

この生徒会費は、実は全額「生徒会の活動」に使われるわけではない。

その大半は生徒会の下部組織にあたる

「部活動」の活動費に充てられる

 

私が勤務してきた学校では、

生徒会費の90%が「部活動費」として

各部活動の消耗品などを購入するのに使われている。

また、上級大会(県大会やブロック大会)へ出場が決まった際には選手の移動費や宿泊費の補助として支出される。

 

これが問題である、と私は訴えたい。

ネット上でも、問題視する意見が増えつつあるようだ。

 

何が問題かというと、

「部活動に参加しない(できない)生徒が

 部活動をする生徒を金銭的に支えさせられている」からだ。

生徒会費を支払いならがも、その恩恵に預かれない生徒が

少なからずいるのだ。

 

このような意見を言うと、部活動大好きな人たちは

帰宅部なんかしてないで部活動をすればいい」

と言う人がいる。

 

虚しくなるくらいの想像力の無さである。

 

まず、高校生の学習外活動は学校の部活動だけではない。

日本舞踊やバレエ、ピアノなど学校の部活動では行っていないような

活動に取り組んでいる生徒もいる。

学校の部活動だけが生徒の居場所ではないのだ。

 

学校外の活動に熱心に取り組んでいる生徒は

あまりその様子を正当に評価されないという現実があるが

それはまた別の機会に話題としたい。

 

さらに深刻な問題は、

部活動に参加しない生徒の中には、経済的事情で部活動に打ち込めない生徒もいることだ。

やりたい部活動があっても、お金がなくて

参加を断念している生徒がいるのだ。

そしてそんな生徒の中には、家計の足しになればと

アルバイトに取り組まざるをえない生徒もいる。

 

そんな生徒からも徴収した「生徒会費」が

部活動に参加している生徒の活動を支えているのだ。

部活動生は自分が部活動に参加しているのだから、

元が取れる取れないは別としても、

支払った生徒会費の恩恵は受けられる。

 

しかし「部活動に参加していない」生徒は年間6000円あまりを収めているのにその恩恵を受けることはほとんどない。

 

部活動が実績を上げれば学校の名も上がり、

学校への帰属意識も高まり、母校への愛着も湧くだろうが、

支払った金額に対してあまりに可能性の小さい見返りである。

 

「部活動に(参加したくても)参加していない生徒」が「部活動に参加する余裕がある生徒の活動、移動費、宿泊費」の一部を負担しているという事実。

 

 

「生徒会費」といういかにも「生徒全体のために使っていますよ」という

名目でお金を徴収しているのに、部活動をしている生徒のためにのみ

使われるという「不公平な使途」と言われてもおかしくはないだろう。

 

「部活動で実績を出しているのだ、学校から補助をもらうのは当然だ」

と言う人もいるだろう。私もインターハイ監督だった時代はそう思っていた。

しかし、家庭のために時給七百円で働いている生徒から

「本当は部活したかったんですけどね。ほら、スポーツってお金かかるじゃないですか。だから部活は諦めてアルバイトすることにしました。」

と言われた時に衝撃を受けた。

 

「この生徒が10時間働いて稼いだお金が俺のチームを支えているのか」

 

「部活動費の補助は当たり前」

「恩恵を受けたいなら部活すればいいじゃん」

という意見を持っている方はぜひ、そんな生徒もいるのだ

と想像力を働かせてもらいたい。

 

 

PTA総会などでは「生徒会費」の細目までは資料に載らないし、

「生徒会に使われるのだな」と保護者の皆様も思うのであまり問題になることはない。

 

このブログをお読みの、中高生のお子さんを持つ保護者の方にお願いしたい。

PTA総会には必ず参加していただきたい。

そしてPTA総会資料をよく見てもらいたい。

会計報告が必ず載っているはずだ。

 

「生徒会費」とだけ書いてあるなら要注意である。

大切なのはその中身である。

その細目まで書いてある学校なら「正直」であると言える。

もし書いていないなら、ぜひ「生徒会費の細目を教えて欲しい」と

学校に訴えていただきたい。

きっとその大半が部活動の補助に使われているはずだ。

 

その上で、

「部活動に参加したくても参加できない生徒もいるのだが

 全員が強制的に徴収されなければならない理由は何か」

と質問してもらいたい。

 

きっと部活動にまつわる悪習を正すのに

有効な一撃となるだろう。

 

私も学校の一職員としてこの「生徒会費」問題には

微力を尽くしてまいりたい。

ブラック部活駆逐の機運が高まりつつあります。

とても勇気の出る記事を読んだ。

 

withnews.jp

 

 

学校は良くも悪くも保守的な組織だ。

一保護者の意見で学校のシステムを一部でも

変えるなんて相当なエネルギーを必要としたと思う。

この保護者様には本当に頭が下がる。

日本の教育界の闇にしっかりと切り込んだことに

心からお礼も申し上げたい。

 

それにしても

 

学校側は「負けました」と、父親の意見に折れます。

 

という言葉に引っかかる。

 

長時間にわたり生徒に過重な練習を課していた状態を改めることを拒み、挙句には「負けました」という言葉が出たなんて、本当に情けない。

なんとか現状を維持したい、つまりは生徒に過重な練習を課す状態を維持したい(つまりそれが「勝ち」)と思っていたということだ。

 

学校の目玉として部活動を利用していた学校も

今更「練習を少なくしてください」と外部指導者には言いにくかっただろう。

板挟みではあったろうが、学校のメンツと指導者のメンツのみを考えた自己中心的な考えと糾弾されてしかるべきである。

 

父親が記事内で述べている言葉、

「教員全体の質的低下と公教育の荒廃を招くのでは」は

全くその通りである。

 

多くの学校と教師は「部活動」が本務になっており、学習指導は二の次になっている。

 

生徒を長時間部活動漬けにすることで、生徒の時間を奪い、人生の可能性を広げる妨げになっている面もある。

 

先の記事に書いた通り、学校は本質的に

「長時間勤務するほど熱心だと評価される」組織なので、

部活動でも長時間生徒に練習を課してしまいがちだ。

もし短時間の練習しかしない部活動があったら

「あの部活(チーム)は真剣味に欠ける」と周囲の教師や保護者に思われかねないだろう。

 

とはいえ、プロフェッショナルに取り組みたい生徒やご家庭もあるだろう。

そのようなニーズは完全に外部機関へ任せるべきである。

教育活動の一環だ、とか言って学校が中途半端に関わるからいけないのだ。

部活動は学校とは完全に切り離さねばならない。

 

本務以外の分野の仕事を一生懸命にやることを推奨される仕事が教職以外にどこにあるのだ?しかも無報酬で、時間外に。

 

部活動は

本の学校教育の闇の一つである。

おかしいことはおかしいと訴えていくべきだ。

私も一教師として戦っていきたいという決意を新たにした。

 

教師は長時間労働するほど熱心で優秀、と評価されがち

明けましておめでとうございます。

今年も部活動をはじめとして、学校現場の悪習を直すため

現状を訴え、改善策を探っていく所存です。

 

年末にわが職場も忘年会が開かれた。

忘年会が7時から開始と言っても7時に始まることはない。みんな平気で遅れてくる。

 

仕事が多いせいもあるが、

仕事があるから遅れても許される、と皆が皆当然のように思っているからだ。

生徒には厳しく遅刻指導をしているのにね。

 

まあそれはいいとして(社会通念上は良くないと思うが)

宴もたけなわとなり、程よく酔いが回ってきた

学校長が私のいるテーブルにやってきた。

 

私は別に管理職を敵視はしていないので

大人として、部下として普通に接した。

 

学校長は私が授業改善に熱心なことに触れて

自分も教諭時代は熱心に授業準備に取り組んだことを語り出した。

「私がK高校(その地区ではトップ進学校)に勤務していた頃は部活動が終わった後、夕食を職員室で取りながら授業の準備をして日付が変わるまで頑張ったもんだよ。」

 

出た出た!深夜まで仕事した自慢!

先日も投稿した民間コンサルタントの方もそうだが

深夜まで頑張ることは日本のサラリーマンにとって

とても尊いことのようだ。

学校長は続ける。

 

「まあ、今風に言ったらブラックなんだろうねえ。そこまでやれとは言わないけどさ、授業準備は大事だよ。」

 

授業準備は大事であることは大いに同意する。

しかし、校長の言葉の端々に

「学校の先生たるもの長時間労働するのが偉い」

という信念がにじみ出ているのが気になる。

そもそも「ブラック」だと自覚しているのに何も対策を取ろうとせず自己弁護しようとしている時点で管理職失格である。

 

事務仕事や会議、部活動などで

授業の準備をする時間が取れないと

勤務実態アンケートで職員が訴えて、下からの突き上げが激しくなっており

多少なりともプレッシャーを感じておられるのだろう。

(あなたの管理能力が問われてるんですよ)と言いたかったが・・・黙っておいた。

 

校長の真意は

「教員なら多忙は当たり前だ。俺が若い頃は深夜まで仕事していたんだ。甘いことを言うな。」

という気持ちなのだろう。

でなければ、わざわざ「ブラック」なんて言葉を用いて

「そこまでやれとは言わないけどさ」と

弁解じみた言葉は言わないだろう。

 

組織のトップがこのように

「滅私奉公して長時間仕事している先生は尊い」

と考えるから、仕事が減らないのだ。

管理職は自分の実績作りのために

いろいろと新提案をするものだ。

その中に「仕事を減らす」が入ることはまずない。

新しい取り組みばかりが増えて、

古い取り組みを減らすことがない。

今までやってきた仕事を減らす、ことに罪悪感すら感じるのだろう。

だから仕事が増え続ける。

そしてその仕事の大半が「授業」にはほぼ関係がない

ものばかりであるのが、最大の学校現場のガンである。

 

「俺が若い頃は深夜までやっていた。それが当たり前。」

そのようにして出世した人は、次の世代にもそれを求めがちだ。

 

校長の話を聞いていた私の頭には次の記事が浮かんでいた。

www.fujixerox.co.jp

 

17時間起き続けたら脳の動きは

酩酊状態と変わらないらしい。

ちなみにこれは厚生労働省も数年前に訴えている。

睡眠対策 |厚生労働省

 

「正誤表」で訂正されているが、

アメリカの睡眠学会によれば

15時間起きていれば飲酒運転と同程度の作業効率らしい。

「深夜まで頑張っていた俺すげえだろ」

凄くなさがよく分かる科学的根拠だ。

 

竹槍で本土決戦の訓練をしていた、くらいの

見当違いな精神論を感じてしまうのは私だけだろうか。

 

「遅くまで頑張る先生は熱心で優秀」という考え方はもうやめませんか?

 

9時過ぎて働いている人は「酩酊状態」程度のパフォーマンスしか発揮してない可能性が高いですよ。

 

ということで、私は

「深夜まで頑張ってすごい系」の話はすべて

「ほぼ酔っ払い状態で仕事していてある意味すごい」

読み替えることにしています。

学校は「部活、会議、事業」が優先。学習指導は2の次。

こんなニュースを読んだ。

 

どこの学校も同じだと改めて感じさせられた。

 

仕事膨大で休み返上、教員の悲鳴 部活、会議、事業対応 | 福井新聞ONLINE

 

学習指導や授業の準備は2の次(いや3の次?)である。

 

部活動が最優先で、その次がペーパーワークである。

書類仕事が大切ではないと言いたいわけではないが、

それにしても先生たちのパソコンと向かい合う

時間の長いこと!様々な報告書が多すぎるのだ。

 

上からは様々な「何とか学力向上事業」などと銘打った

事業が次々に降ってくる。

「学力を上げさせたい」という上の気持ちはわかるし

現場もそれを望んで取り組んでいるのだが、

何しろその「何とか事業」の

計画書、途中経過、成果とまとめ、といった

報告書類が多いのだ。

授業改善のための様々な施作のための書類作りをする手間と時間のために、

授業改善に取り組む余裕がなくなるという冗談のような現実がある。

 

学校によっては毎週放課後に会議を持つところもある。

会議録が管理職に提出されるため、

主任達は会議のために2〜3日前から

会議用レジュメを作り出す。

会議のために週の半分は仕事をしているようなものだ。

 

そして毎週1〜2時間も会議が行われる。

その間生徒はほったらかしである。

 

先日会議前にでこんなことがあった。

若手A先生

 「B先生は生徒対応で(会議に)遅れるそうです」

 

ベテランC先生

 「え?会議があるって分かってるはずだろう。全く。」

 

みんな忙しいところを時間を守って集まっているのだからC先生の気持ちは

良く分かるつもりだが、

「会議が優先だろ。生徒なんて後回しにしてでも会議をしろ。」

という(私のいる学校の)雰囲気がよく分かるやり取りだった。

生徒の訴えを十分に聞かずに、命に関わる様々な問題が

あちこちの学校で起きているのに、である。

 

こんな学校の多くが

部活と会議と書類、が仕事である。

授業はその間に入るだけだ。

年中、部活か会議か書類、しかしていないから

肝心の生徒の成績は上がらず、進学実績も上がらない。

そしてその対策のために、さらに会議と事業に取り組む、

という悪循環である。

 

多忙が問題というよりは、

学習指導以外の仕事が多すぎる、のが問題である。

多くの現場では、教師は「部活する」「会議する」「書類作る」のが本務となっているのが現状である。

「勉強を教える」はその次になってしまっている。

「民間はもっと大変ですよ!」とおっしゃる方とお話しした件

先日、ふとしたきっかけでお酒の席をご一緒した方との話。

 

仕事柄あまり他職種の方と話をすることがないが

ひょんなことでそんな方(仮にA氏としておく)と

お酒の席で隣同士になった。

 

コンサルタントをされているらしく、

色々な企業に出入りされているとのこと。

 

A氏「最近は先生という仕事も大変そうですね」

 K「そうですね・・・まあ色々ありますねえ」

A氏「今一番何が大変ですか?」

 K「長時間残業ですかね〜まあ今に始まったことじゃないけど」

A氏「噂には聞くけどそうなんですね。毎日何時まで(仕事)ですか?」

 K「その日にもよりますが、うちの学校は9時とか普通です」

A氏「え?そんなん僕の出入りしているIT系に比べたら大したことないですよ?」

 (何甘いこと言ってんだ、全く公務員はこれだから・・的な口調)

 

 K「そうなんですね〜。そちらでは何時くらいですか?」

A氏「遅い時は10時〜11時は当たり前ですよ!(なぜかドヤ顔)」

 

 ここまでのやり取りをしながら正直私も

「民間は大変だなあ。やはり残業反対を訴えるのはわがままなのかなあ?」と

 感じ始めていた。しかしここで私にしては珍しくピーンと来た!

 

 K「ところでその会社さんは始業何時ですか?」

A氏「え?そりゃあ9時ですよ。」

 

えーとですね・・・

 

学校の先生は、もちろん人にもよるが、

8時には学校に来るのが普通ではなかろうか?

だいたい8時すぎには朝の職員朝礼をしないと

朝の会や1時間目に間に合わない。

 

朝補習や朝練、生徒の登校指導などで7時〜7時半には

学校に行く先生も多いことと思う。

私の勤務する高校でも7時半には大抵の先生は出勤する。

 

ここで単純な引き算をしてみる。

7時半に出勤して夜9時に退庁したとして

勤務時間は13時間半となる。

 

某IT企業で9時に出勤して13時間半勤務したら

夜の10時半である。

 

頭の中でA氏ご自慢の民間企業と比べてみたが

おそらく勤務時間の長さでは大差ない。

 

夜の遅さだけ比較したらそりゃあ私たち方が

「早い」のかもしれないが、純粋に比較するには

始業時間を考える必要がある。

 

我ながら大人気ないとも思ったが、

世の中の先生のためにも

A氏の誤解を解いておかないと

「学校の先生は甘い!」と

喧伝されかねないので、一言言っておいた。

 

K「うちの学校はだいたい7時半には出勤して実質始業しているんですよ」

A氏「・・・」

 

A氏は頭の中で計算して私の言いたいことを理解してくださったようで

自ら別の話題に変えてくださった。話のわかる方でよかった。

 

 もちろん世の中には朝7時から夜中まで勤務を強いられている

方もいらっしゃるとは思うので、

「学校の先生だけが辛いのだ」という気は毛頭ない。

 

しかし「学校の先生は甘い!」「民間はもっときついのだ!」と

学校の先生を責めても何の解決にもならないことは分かっていただきたい。

各業界の長時間労働の責めを負うべきは学校の先生ではないからだ。

 

授業以外のことに取り組まざるをえないことが長時間労働を招き

今日も質の低い授業が日本全国の学校で行なわれている。

 

部活動のあり方、を見直すべき時期に来ている。

「学校の先生なんだから部活動指導は当り前!」に対する反論

部活動問題を取り上げた記事などに寄せられるコメントなどで

必ず目にするのが

 

「学校の先生なんだから部活動指導するのは当り前!」

 

という意見だ。根底にあるのは「学校の先生のくせに甘えるな」と

いう情緒的な意見なのだろうが、労働者としての権利を主張することすら

否定しようという社会の風潮がブラック企業が堂々とのさばる日本社会を象徴している気もしてしまう。 

 さらに公立学校の先生は公務員なので「公務員のくせに甘えるな」という意識もこの種の意見の底にはあるのだろう。教員は免許を取得して仕事をする点で、医師や看護師などの免許制職業に似ていると思う。(医師になる難易度との違いはあるが)そこで冒頭の言葉を次のように変換してみたらどうだろう。例えば公立病院の医師や看護師に対して 

 

 「診察後に患者が運動する際は、無給で指導を行うのは当然だ。」

 「患者が出場するスポーツ大会があるから休日返上で付き添って指導しろ」

 「市立・県立病院の医師は公務員なんだから、勤務時間に関係なく診察しろ」

 

 という要求は通用するのだろうか?

 

 診察は医師が、その他の補助は看護師が、リハビリテーションは理学・作業療法師が、と仕事の中身が専門で分かれているのが普通である。時間外の診療はそれなりの特殊な事例に限られるはずだ。

 しかし私たちは「教師だから」という理由だけで専門外のスポーツ指導を、勤務時間外も休日も実質的に強要されている。

 

 「休日も診療しろ。報酬10分の1で」なんてことを医師に要求できる人がいるのか。しかし、多くの教師はほぼ無給に等しい「手当」で休日も部活動指導をしている。

 

 部活動の指導には特別の手当てが出る、生徒が優秀な成績を収めるとボーナスが出る、と思い込んでいる人も多くて驚く。「教員は部活費で稼いでいる」なんてデマをネットの書き込みで見たこともある。

 実際、私が接してきた生徒の多くもそのように思っていたようだ。私立校はいざ知らず、公立校ではそんなことはない。公務員なんだから決まった勤務時間に対する決まった給料しか出ない。当たり前だ。

 

 誰も「無報酬、無休暇で働け」と他者に強要することはできないはずだ。そのような要求は奴隷的搾取と言うのだ。

 時々そんな民間企業が問題になっているが、その企業が批判されるのが普通だ。批判の矛先が従業員に向かうことはない。しかし、これが教員となるとなぜか教員側を批判する人が増える。

 まあ「贅沢言わずに我慢して働けよ」という主張なのだろうが、部活動で疲弊した先生たちの質の低い授業は、その学校に通う生徒たちに確実に負の影響を与える。

 

 誰にどんなメリットがあってやっている取り組みなのか。デメリットと比較してそのメリットはどれだけ重要なのか。

 

 学校現場は経済感覚で測ることができないことが多いが

 部活動が引き起こしているデメリットは大々的な検証の必要性がある。