「部活問題」を考える

「部活問題」「ブラック部活」を中心に、現役高校教師Kが学校現場の問題点を考えていくブログです。

部活動の問題点その3「生徒の意識の変化(劣化)〜優先順位の逆転〜」

 

部活動とは元々

「生徒の自主的な活動に教師が付き合う」という建前になっているが、

ほとんどは教師が半強制で「付き合わされている」

 

多くの学校で「文武両道」が叫ばれ、部活動は教育活動の大きな柱になっている。

部活動が盛んな学校はイイ学校、というイメージの元、全国各地で部活動は奨励され、盛んに行なわれている。

実質的に「部活動で学校が成り立っている」

という学校も多い。

部活動だからこそ生徒を躾けられるという面があるのも事実である。

 

「部活動があるから学校に来ている」という生徒も多い。

すべての生徒が学習に前向きになれるわけではないから

部活動が学校生活を送る動機付けになることは

部活動の大きなメリットの一つである。

 

しかし日本中で加速し続ける

「部活動熱」のせいで

生徒が"勘違いをせざるをえない"状況

になっている。

 

「高校生活で頑張りたいことは部活動です。」

「サッカーをしに来ました。」

 

上の言葉はいずれも私が今まで入試面接で聞いた受験生の「志望動機の例」だ。

「部活動が盛ん!」と学校の宣伝をしていたのは良いのだが、そればかりが行き過ぎて

「部活動をするため高校に入学する」という意識を受験生に持たせてしまっていた。

「学習を頑張りたい」なんて嘘でも言う受験生はほとんどいなかった。

 

「勉強は苦手だから部活動で活躍したい」

そのような気持ちはよく分かるのだが

学習をおろそかにすると高校を出るときに

就職先が無くて困るのは本人だ。

 

学習が苦手でもいいが、部活動とバランスよく取り組まなきゃいけない。

だからこそ「文武両道」をモットーにしている学校が多いのだが、

生徒も教師も「部活動だけ」

になっている例は多い。

部活動に力を入れれば、学習指導がおろそかになるのは前に述べた通りだ。

 

さらに「部活動が盛んな学校です」こんな宣伝文句が 

「この高校は部活動だけすればいいんだ」という勘違いを生徒にさせる。

そしてその勘違いが

「この高校は部活動を頑張ることで進路先も決まる」という誤解を生む。

完全に間違いとは言わないが、冷静に考えて

部活動だけで進路を決めることはかなり難しい。 

 

そのため・・・

「高校卒業後は陸上(競技)関係の仕事に就きたいです。」

と述べた生徒もいた。

一緒に面接していたインターハイ監督の陸上部顧問が、面接後に

陸上競技関係の仕事なんてないけどなあ」

と首をかしげていたのが印象に残っている。

陸上競技を愛しているのはよく分かるが、

中学校も(高校も)部活ばかりに熱中させてきて、

社会のことを十分に学ぶ必要性を本人に感じさせないから

「スポーツで一生暮らしていけるはずだ」

と簡単に生徒は思い込む。

 

プロ野球選手になりたいです」と言っていた生徒もいた。

気持ちはよく分かるし、若者の夢を馬鹿にするつもりもない。

しかし、リトルリーグから何年も野球をしてきていれば

どの高校に入ればプロに近づけるか、くらいのことは分かりそうなものだ。

強豪校から声もかからず、部員が10人ほどしかおらず、

県大会1回戦を突破したこともない高校に入学して

「プロになりたい」と言っていたこの生徒は

「部活動がメインの高校だから勉強しなくても入学できる」と思い込んでいたらしく

全く勉強しないで高校受験した、と入学後言っていた。

(確かに、それでも入学できる学校だったのだが)

彼は高校1年が終わる時でも四則計算も出来ず、

アルファベットも満足に読み書きできなかった。

何しろ勉強しないのだ。1時間目から6時間目まで毎日寝ていた。

このような生徒は沢山いる。特殊な例ではない。

 

「部活動だけでも真面目に取り組む分だけまだマシではないか」

という意見もあろう。私もそれは否定しない。

しかし「部活動だけ」という生徒もそのうち進路を決定しないといけない。

集団就職列車の時代ならともかく、

21世紀の現代にマニュアルすらまともに読めない生徒が

まともな職を得るのは大変難しい。

 

「部活をやっていれば間違いない」

「部活動はとにかく素晴らしい」

「部活動が盛んな学校は良い学校」

といった大人たちの認識

と中途半端な宣伝が

「部活動だけやっていれば良い」という

価値観を子どもたちに

与えてはいないだろうか。

 

学習成績が良い悪いの問題ではなく、

学校は多様な価値観を学び取り

社会を広く学び、人生の選択肢を広げる機会を与えないといけない。

しかし「一筋に頑張る」という日本人の美徳が変に発揮され

「部活しか見えない・見ていない」

「部活のみ頑張る」という風潮が

生徒の可能性を狭めてはいないか。

 

学校関係者でない方は信じられないかもしれないが

インターハイを目指すためにこの高校に来たのに

 なんで勉強しろと言われなきゃいけないのか」

と教師に食ってかかる生徒&親もいるのだ。

 

生徒だけではない。以前ブログにも書いたが

「部活動をやらせるために入学させたんだ!」

と親に怒鳴られたこともある。

 

部活動の実績で推薦入試を受けた生徒が

成績不振による指導で県大会に出場できなかった時に、

「勉強できないのは入学時に分かっていただろ! 

 なんで今更、勉強ができないせいで大会に出さないんだ!」

とクレームが来たこともある。

 

多くの学校は部活動を実質的に学校経営の最優先事項にしてしまっている。

 

「放課後の練習時間確保を優先して行事を計画する」

「活躍している部顧問には担任を依頼しない暗黙の了解」

「分掌を決める前に部顧問を決める」

 

このような「必要以上に部活動に配慮して学校経営する」姿勢を

多くの学校で見てきた。そして多くの教員がそれを疑問に思っていない。

 

行き過ぎた「部活動」重視の姿勢が、

学校が生徒・保護者に勘違いさせてはいないか。

 

特に学習が苦手な生徒が多かったり、

生徒指導上の問題が起きやすい学校ほど

部活活性化を目指しがちだ。

生徒のしつけがしやすいからだ。

 

そして生徒は学習が苦手だからなお「部活動」に逃げ込むし、

「部活動」を楯にして学習から逃げてしまう。

 部活動をあくまで「放課後の生徒の自主的な活動」にとどめておけば

こんなことにはならないのではないか。

 

本の学校は生徒はもちろん、先生も保護者も

「部活大好き」な人が多い。

部活に「神聖な精神性」を感じている人が多い

と言ってもいいだろう。

私自身がそうだった。

 

部活動ばかりに取り組んでいたあの頃は、

競技へ盲信的に取り組ませた部員たちの人生の可能性を

広げるという発想はなかった。

部活動だけさせていれば良いと思っていた。

 

同時に自分の教科指導力を向上させようという発想もなかった。

部活動で結果を出すことが自分の仕事だと思っていた。

 

部活動の功罪を冷静に見つめてみることが必要ではないか。

ごく一部の、高いレベルで「文武両道」を実践している学校の例だけを見て

「見ろ!こんな高校生(中学生)がいるではないか!部活の教育的効果は最高だ!」と

言うのではなく、全国隅々の高校の実態を「冷静に」

見つめ直す機会が必要だと思う。